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大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)3469号 判決

原告 山田太郎

原告 山田花子

右両名訴訟代理人弁護士 中山厳雄

被告 乙山春夫

右訴訟代理人弁護士 森野實彦

被告補助参加人 甲野信一

右訴訟代理人弁護士 山本寅之助

同右 芝康司

同右 亀井左取

同右 森本輝男

同右 藤井勲

主文

一  被告は原告両名に対し、それぞれ金四八万九、六八〇円およびうち金四三万九、六八〇円に対する昭和五一年八月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告両名のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の、その余を原告両名の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

「(一)被告は原告山田太郎に対し金六七二万二、六三一円およびうち金六二二万二、六三一円に対する昭和五一年八月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。(二)被告は原告山田花子に対し金六七二万二、六三一円およびうち金六二二万二、六三一円に対する同日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。(三)訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告

「(一)原告らの請求をいずれも棄却する。(二)訴訟費用は原告らの負担とする。」旨の判決

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

(一)  事故の発生

昭和四七年七月三〇日午後二時四五分ころ信号機による交通整理の行われている大津市今堅田町九三一番地の一地先びわ湖大橋交差点において国道一六一号線上を南西(大津方面)から北東(今津方面)に向かって直進して来て、同交差点内で南東(守山、びわ湖大橋方面)に向かって右折中の補助参加人甲野信一運転の普通乗用自動車(福井五五わ○○○号、以下甲車という。)の前部と同国道を今津方面から大津方面に向かって直進中の被告が運転し、訴外山田松子(昭和二九年六月二〇日生まれ)が後部座席に同乗していた自動二輪車(一大阪う○○○○号、以下乙車という。)の前部が衝突した。

(二)  被告の責任

1 被告と松子との間には被告が松子を同女方からびわ湖に行き同女方に帰えるまで安全に運送する旨の契約が成立していたのにもかかわらず、被告は右債務を履行せず、本件事故を発生させたものであるから、原告らに対し債務不履行に基づく損害賠償債務がある。

2 仮に右主張が理由がないとしても被告は同交差点を直進するに際して同国道は公安委員会により最高速度が四〇キロメートル毎時に指定されているのにもかかわらず、約五〇キロメートル毎時の速度で、しかも道路左側に寄らず、センターライン付近を進行した過失により、交差点中央付近で本件事故を発生させたものであるから、原告らに対し、不法行為に基づく損害賠償債務がある。

(三)  原告らの損害

1 山田松子の死亡

同人は右事故により被った頭部外傷(頭蓋骨折)のため昭和四七年七月三〇日午後三時三〇分大津市本堅田町一、八九一番地所在の堅田病院において死亡した。

2 損害額

(1) 同女の将来の逸失利益 一、五〇四万五、二六二円

昭和五〇年賃金センサスによると女子労働者の初任給の平均月額は一〇万二、七〇〇円であるので、同女は死亡時の一八才から六七才までの四九年間稼働しうるものと推定され、生活費控除を五〇%として、年五分の割合による中間利息を控除し年別ホフマン計算法により算出した将来の逸失利益の死亡時の現価は標記の金額となる。

算式 一〇二、七〇〇×一二×〇・五×二四・四一六

(2) 同女の慰藉料 六〇〇万円

本来の同女の慰藉料は九〇〇万円が相当であるが、同女が乙車の好意同乗者であることを考慮し、減額した標記の金額をもって慰藉料額とする。

(3) 原告ら支出の葬儀費用 原告らそれぞれ二〇万円

(4) 弁護士費用 原告らそれぞれ五〇万円

(四)  原告らの相続

原告らは松子の父母であるので、同女の前項の2の(1)および(2)の被告に対する損害賠償債権を相続により取得したので、(3)および(4)の損害額を合算すると原告らの被告に対する同債権額はそれぞれ一、一二二万二、六三一円となる。

(五)  損害の填補

原告らは同債権のうち、甲および乙車の自賠責保険から各自二七九万円、甲野から各自一七一万円、合計各自四五〇万円の支払を受けた。

(六)  よって原告らは被告に対し、それぞれ残債権額金六七二万二、六三一円およびうち弁護士費用を除く金六二二万二、六三一円に対する本訴状送達の日の翌日である昭和五一年八月一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の答弁

(一)  請求原因(一)は認める。同(二)の1は否認、2のうち被告が約五〇キロメートル毎時の速度で進行していたことは認めるが、その余は否認。同(三)の1は認めるが、2は否認。同(四)のうち、原告らと松子の身分関係は認めるが、その余は否認。同(五)は認める。同(六)は争う。

(二)  甲野は先行車二台に続いて原告ら主張のとおり本件交差点に進入し右折しようとしたが、先行車二台がいずれも今津方面から大津方面に向かう車両の間隙をぬって右折したのでこれに追従しようとし、同交差点中央の右折だまりに一旦停車し直進車二、三台を通過させたのち、左方の安全を十分確認しないまま約一〇キロメートル毎時の速度で右折を開始した過失により折柄今津方面から大津方面に向かって直進して来た被告運転の乙車に甲車を衝突させたものである。被告は青色表示の対面信号に従って交差点に進入、通過しようとしていたものであるから、同人になんら乙車運転上の過失はなく、本件事故は甲野の一方的過失によって発生したものである。

三  被告の抗弁

(一)  仮に、被告に原告らに対する損害賠償債務があるとしても、被告、甲野の親権者甲野信雄および原告らとの三者間で、昭和四八年七月前二者が原告らに対し合計して九〇〇万円(内訳甲車の自賠責保険から五〇〇万円、乙車のそれから五八万円、三四二万円は甲野信一)を同月二五日限り支払い、その余の原告らの債権は仮に存在するとしてもこれを免除する旨の示談が成立し、右各金員は約定どおり支払わられたので、原告らの本訴請求は理由がない。

(二)  松子は被告と昵懇な友人関係にあり、本件事故前から相当期間被告運転の乙車に継続的に無償同乗し、ドライブを楽しみ、その目的地およびコースの選択、決定には同女の意思が強く反映し、本件事故の際びわ湖に行ったときもそのとおりであり、かつ、右事故のとき同女は運転中の被告の胴を後方から両腕で抱える姿勢で同乗し、被告の運転操作に重大な影響を与える状態であったので、原告ら主張のように単なる好意同乗者にとどまらず、乙車の運行供用者ないし運転補助者の立場にあったので、他人性がないので被告に対し運行供用者責任ないし不法行為責任を問う立場になく、仮に右主張が理由がないとしても、賠償額の算定に当って大幅な減額がなされるべきである。

(三)  被告と松子は本件事故発生当日朝から乙車でびわ湖に行って遊泳し、その帰途で右事故が発生したものであるから、同女は被告の疲労具合や、運転動作、挙動等に絶えず注意を払い、本件事故現場のような交通頻繁な危険な場所では運行速度を減速させるなどして適切な運転をさせるよう監視すべき注意義務があるにもかかわらず、漫然と同車にしかもヘルメットも着用せずに同乗して被害に会ったものであるから、被告の賠償額の算定に当り相応の過失相殺がなされるべきである。

(四)  原告らの被告に対する不法行為に基づく損害賠償債権は本訴提起(昭和五一年七月九日)前である、本件事故発生日の翌日から起算して三年経過した昭和五〇年七月三〇日の経過をもって時効が完成し、被告は昭和五一年一〇月一八日の本件第二回口頭弁論期日において原告らに対しこれを援用したので、同債権は時効により消滅した。

四  被告の抗弁に対する原告らの答弁

(一)  右抗弁(一)のうち、原告らが九〇〇万円を自賠責保険等から支払を受けたことは認めるが、その余は否認、同(二)ないし(四)は否認する。

(二)  原告らは被告に対し主位的には債務不履行の責任を主張しており、それに基づく損害賠償債権の消滅時効の完成に要する期間は一〇年である。

五  原告らの再抗弁

(一)  原告らは本件事故後、被告およびその両親との間で継続してその賠償額につき交渉し昭和五一年一月三〇日大阪簡易裁判所に被告を相手方として調停を申立て、六回の期日を開いたが、その最終期日である同年六月二九日に被告は同人名義の残高二〇万円余の銀行普通預金通帳を持参し、原告らに見せて、これを全部支払うのでその余の債権は免除してほしい旨申立てたが、原告らはその回答を不満として調停は不調になり、本訴を提起したものである。被告およびその両親はその交渉の過程において、その金額はともかくとして、被告に損害賠償債務があることを否認したことは一度もないので、同債権の時効は被告の債務の承認により中断している。仮に右主張が理由がないとしても、被告は昭和四八年七月原告らに対して賠償金の内入として五八万円を支払っているのでこれは債務の承認であるから、右の一部支払によって時効は中断している。

(二)  右主張が理由がないとしても、被告の前記の最終調停期日での申立は時効の利益放棄の意思表示であるから、原告らの債権は消滅していない。

六  右の再抗弁に対する被告の答弁

右再抗弁(一)および(二)はいずれも否認する。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

二  次に、同(二)の被告の責任について検討するに、原告らは主位的に山田松子との間の運送契約を根拠に被告の債務不履行責任、予備的に不法行為責任を主張し、被告はいずれも右主張を否認し、併せて仮定的に松子の自賠法三条所定の他人性の全部または部分的排除、過失相殺を主張するので、まず、本件事故発生の状況およびそれ以前の同女と被告との関係などについてみてみる。

(一)  前記の争いがない事実に《証拠省略》を総合すると次の事実を認めることができ、右認定に反する適当な証拠はない。

1  本件事故現場は車道幅員約一〇メートルの大津方面から今津方面に通ずる国道一六一号線と守山、びわ湖大橋から真野方面(北西)に通じている車道幅員南東側約九メートル、北西側約一二メートルの県道とが交差する中央が廣いほぼ菱形状の交差点中央よりやや大津寄りの地点で、当時真夏の晴天の日曜日で車両の交通量はことに国道上が頻繁であったこと。同所付近の道路は公安委員会が最高速度を五〇キロメートル毎時に制限していること。

2  補助参加人甲野信一は甲車(訴外株式会社日産観光サービス所有のレンタカー)を約二五キロメートル毎時の速度で国道上を大津方面から今津方面に向かって進行して本件交差点に入り、守山方面に右折しようとして、交差点中央の右折指示線よりは手前で三、四秒間一旦停車し、今津方面から大津方面に向かう車両二、三台を通過させたのち、今津方面を一べつしただけで、安全を十分確認せず約一〇キロメートル毎時の速度で車体前部を右方に向けながら右折を開始したが、約一・二メートル進行したとき左前方約一一・一メートルに今津方面から大津方面に向かって直進して来る乙車を発見し、あわてて急制動の措置を採ったが間に合わず約二・五メートル進行した地点で甲車の前部とそのまま直進して来た乙車の前部とが衝突し、その衝撃で乙車は横転し、山田松子は左前方約六・七メートルの地点に跳ね飛ばされて路上に転倒し、頭部等を強打されたこと。なお、甲野は交差点に入ったころから右折の合図はしていたこと。

3  他方被告は今津方面から大津方面に向かって国道中央やや左寄りを乙車後部座席に松子を同乗させて約五〇キロメートル毎時の速度で同車を運転し、交差点を直進通過しようとしたが、対面信号の青色標示のみを軽信して、右折を開始している甲車の動静を衝突時までまったく気付いていないこと。松子は乙車の後部座席を跨いで坐り、両腕を被告の腹部に回して身体を被告のそれに密着させた姿勢で同乗しており、ヘルメットは被っていなかったこと。

4  松子は○○○学園高校三学年在籍、被告は大阪市立○○○○高校三学年在籍のいずれも高校生であるが、両名は小学校、中学校からの同級生で、双方共相手方の家庭に遊びに行くなどしてきわめて親しい友人関係にあり、昭和四六年暮被告が父乙山秋夫から乙車を購入して貰ってからはしばしば日曜日等に被告が運転し、松子が同乗して近郊や、時には遠方にドライブに出かけており、目的地などもその都度二人で相談して決め、事故当日は松子は両親である原告らには午前九時三〇分ころ近くのプールに泳ぎに行くと言って家を出たが、被告と同人宅付近で待ち合わせ、午前一〇時ごろからびわ湖方面にドライブし、真野浜海水浴場に午後一時ごろ着いて二人で約一時間遊泳したのち、午後二時過ぎごろから帰途について本件事故現場付近に差しかかった際前記のとおり右事故が発生したこと。

5  乙車は総排気量二五〇CCの自動二輪車で登録上使用者名義は被告の父秋夫が関係する○○産業株式会社になっているが、日常被告がもっぱら運転使用していたこと。

(二)  右事実によれば、被告は旅客の運送業者ではなく、松子とは単なる友人関係で一緒にドライブを楽しんでいたもので、松子は同乗する代償としてなんら金銭などの対価を支払っていないので、被告と松子との間に運送契約が成立し、右契約に基づき被告が松子に対し目的地から同女方まで安全に送り届ける債務があるとまでは認めることができないので、原告らの主位的主張はその余の判断をするまでもなく理由がないといわざるをえない。しかし、本件事故は甲車の運転者甲野が左方の安全を十分確認しないまま右折を開始し、直進車である乙車の発見が遅れたため発生したことは明らかであるが、被告にも前方の安全確認を怠った過失により甲車の存在、動静にまったく気付かず、しかも右折車もかなりある交通頻繁な交差点を制限速度一杯の高速度で進入通過しようとして右事故を発生させたというべきで、被告の右の過失も右事故発生に原因として寄与しており、松子の死亡に伴い原告らに対して被告は甲野と共に共同不法行為者として各自損害賠償債務があり、右各債務は不真正連帯債務の関係にあるといえる。しかし、反面、松子も前認定のとおり被告運転の乙車に日頃しばしば同乗してドライブを共に楽しみ、本件事故当時もびわ湖周辺のドライブや海水浴場での遊泳を楽しみ、乙車による運行利益を被告と共同で享受し、しかも監督者的立場ではないにしても、同乗者として、本件事故現場のような交通頻繁な危険な場所では、背後から、被告に指示して適切な運転をさせて事故の発生を回避すべき立場にあり、少くとも自己が被害に会ったときは考慮の対象となる受動的な意味での運行支配はあると認められるので、その限りで同車およびその運行供用者である被告との結び着きの強い無償同乗者として、少くとも被告に対する関係では部分的な運行供用者性を取得し、それに対応して同部分の他人性が排除されるのみならず、松子は右の同乗者としての注意を怠って漫然と同車に乗って被告に前方の危険に注意を喚起したり、速度をゆるめるよう指示しなかった点に右事故を回避できる立場にありながらなんらかかる作為に出ず被害に会った被害者としての過失があると認められるので、被告の賠償額の算定に当っては公平の見地から応分の減額がなされるべきであり、その減額の割合は他人性の排除および過失相殺分を合わせて二〇%とみるのが相当と思料される。なお、原告らは被告に対し、同人の自賠法三条の運行供用者としての責任ではなく、民法七〇九条の不法行為責任を問い、当裁判所も右の原告らの主張に従った認定をしたが、その場合でも加害者に対する関係で被害者が部分的な運行供用者性を取得している場合はその性質およびその度合を考慮して前記のとおり賠償額の算定をしても差しつかえないと考えられる。

三  そこで、原告ら主張の損害について検討する。

(一)  松子が原告ら主張のとおり、本件事故により死亡したことは当事者間に争いがない。

(二)  よって損害額の明細についてみてみる。

1  松子の将来の逸失利益

松子は昭和二九年六月二〇日生まれの、本件事故当時高校三年生の女子で、《証拠省略》によれば健康であったことが認められるので、経験則上、高校を卒業した昭和四八年四月から六七才まで四九年間稼働して収入を得ることができると認められ、昭和四八年賃金センサス企業規模計、産業計、女子労働者学歴計一八~一九才の平均年収額は六七万九、二〇〇円とであるので、これを基礎とし、生活費控除を五〇%とし、年五分の割合による中間利息を控除して年別ホフマン計算法により算出した同女の将来の逸失利益の死亡時の現価は八〇四万九、一九九円となる。

算式 六七九、二〇〇×〇・五×(二四・四一六二-〇・九五二三×九/一二)

2  慰藉料

本件事故の態様、松子の受傷、死亡その他諸般の事情をしん酌すると

(1) 松子本人の慰藉料は二〇〇万円

(2) 同女の死亡に伴う原告ら(原告らが松子の父母であることは当事者間に争いがない。)固有の慰藉料はそれぞれ一〇〇万円ずつ

と認めるが相当である。

3  葬儀費用

経験則上、原告らが松子の葬儀を主宰し、その費用にそれぞれ一五万円ずつを支出したことが認められる。

そうだとするとイ原告ら固有の損害は2の(2)および3の合計額各一一五万円、ロ松子本人の損害は1および2の(1)の合計額一、〇〇四万九、一九九円となるが、前記二の(二)の説示に従ってこれらにつき二〇%減額するとイ原告ら固有の被告に対する損害賠償債権は各九二万円、ロ松子のそれは八〇三万九、三五九円となるが、原告らはロの債権をそれぞれ二分の一の割合で松子から相続により承継取得したので原告らの債権額はそれぞれ四九三万九、六八〇円ずつとなるが、原告らが右のうち甲車および乙車に付されている各自賠責保険および甲野信一から合計して各自四五〇万円ずつの支払いを受けたことは当事者間に争いがないので、これを控除すると原告らの被告に対する各残債権額は四三万九、六八〇円ずつとなる。

四  そこで、被告のその余の各抗弁について検討する。

(一)  まず、被告の抗弁(一)の示談成立の主張については、証人山本義一および同乙山秋夫ならびに被告本人は被告の右主張に沿う証言および供述をしているが、《証拠省略》によれば昭和四八年七月に成立した原告らと甲野との間の示談書には被告(昭和三〇年一月一二日生まれ)およびその親権者である両親の当事者としての表示はなく、勿論その署名押印もなく、《証拠省略》によれば、右の示談は原告らと甲野側との間でのみ交渉、成立したもので、被告側はその交渉にも成立の際にもまったく加わっていないことが認められることからすると、前記の山本証言ほかの証言および供述はこれを措信するに十分でなく、ほかに被告の主張を肯認するに足りる的確な証拠はないので右主張は採用することができない。

(二)  次に、被告の抗弁(四)の消滅時効の主張について判断すると、《証拠省略》によると原告らは昭和四七年七月三〇日の午後三時五〇分ころ堅田警察署の警察官から自宅で本件事故の通報を受け、同日夕刻には同署等に出向き同警察官から右事故の発生状況について説明を受けたことが認められるので、原告らは同日中に右事故の損害および加害者を知ったと認められるが、原告らが被告に対し当庁に本訴を提起したのは昭和五一年七月九日であることは記録上明らかであるので、事故発生日より起算して既に時効期間の三年が経過していることは明らかである。

(三)  そこで、原告らの再抗弁についてみてみる。

1  まず、時効の中断の主張についてみてみるに、被告またはその両親が原告らに対し、本件事故による損害賠償債務について、その時効完成日である昭和五〇年七月二九日までに債務を承認したと認めるに足りる証拠はなんらない。そして、《証拠省略》によれば原告らが被告を相手方として右の賠償請求を求める調停を大阪簡易裁判所に申立てたのはその後の昭和五一年一月三〇日であることが認められ、また、《証拠省略》によれば原告山田太郎は昭和四九年五月ごろ松子の命日に来た被告およびその母冬子に損害賠償の話をしたが、それは具体的な金額を明示した請求ではなく、また、同年六月二六日付、二八日到達の同原告から被告に宛てた書面も具体的な請求ではなく、単に示談交渉のために自宅に来ることを求めた呼出状程度のものであって、いずれも口頭または文書による催告と認めるには不十分なものであるうえ、原告らがその後六か月以内に裁判上の請求その他の法定の措置を採ったと認める証拠はなんらないので、仮にそれを催告と認めたとしても時効中断の効力は生じないといえる。なお、原告らは乙車の自賠責保険金五八万円の支払をもって被告の債務承認を主張するが、なるほど《証拠省略》によれば、原告らが支払を受けた金員のうち五八万円は乙車につき付せられていた自賠責保険金であり、それは昭和四八年七月ころ支払われたと認められるが、右金員は原告らが被害者請求したことが文面上明らかであり、原告らの被告に対する損害賠償債権と、保険会社に対する自賠法一六条一項の保険金債権とはそれぞれ別個の独立した債権であるうえ、前認定のとおり登録上乙車の使用者名義は訴外○○産業株式会社になっており、《証拠省略》によれば、自賠責保険にも保険契約者兼被保険者として同会社名義で加入していることが認められるので、右五八万円を被告が自分で支払ったとは到底いえないので、原告らの右主張も理由がない。したがって、原告らの時効中断の主張はいずれも理由がない。

2  次に時効の利益の放棄の主張について判断する。

《証拠省略》を総合すれば、昭和五一年一月三〇日申立てられた前記の調停期日は原告ら主張のとおり六回開かれたが、最終期日である同年六月二九日の期日まで被告からなんら具体的な回答はなく、同期日に出頭した被告は原告らに対し持参した残額二〇万円位の被告名義の普通預金通帳を提示して「お父さんは商売先の倒産で来れないが、預金がこれ位ありますから、これでどうですか。」と言って賠償額を示して弁済の意思を表明し、かつ、被告側は本訴提起までは時効の主張はまったくしていないことが認められ(《証拠判断省略》)かつ、被告は昭和五〇年七月二九日の経過をまって損害賠償債権の時効が完成したことは知っていたと推認されるので、前記の最終調停期日の被告の原告らに対する賠償額の具体的な提示は、それ以前の被告側の応待の仕方も合わせ考えて右債権の時効の利益の放棄の意思表示とみなしてよいと思料される。したがって右の意思表示によって被告は原告らに対し時効の援用権を放棄したというべきであるから、その後本件第二回口頭弁論期日における被告訴訟代理人の時効の援用の意思表示は効果を生じないものであるから、原告らの被告に対する前認定の残債権は消滅していないことに帰する。

五  よって、被告は民法七〇九条により原告らに対し、本件事故による損害賠償残債権額としてそれぞれ四三万九、六八〇円を支払うべき債務があるといえるが、本件事案の内容、訴訟経過、その難易度、認容額等を勘案すると弁護士費用は各原告につきそれぞれ五万円ずつと認めるのが相当である。

六  以上の次第で被告は原告らに対し、それぞれ残債権額および弁護士費用金四八万九、六八〇円およびうち弁護士費用を除く金四三万九、六八〇円に対する本訴状送達の日の翌日である昭和五一年八月一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるので、原告らの本訴請求を右の限度で正当として認容し、その余の請求は理由がないので失当として棄却し、訴訟費用の負担および仮執行宣言につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項、一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 片岡安夫)

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